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「心」のトリセツ

4章「心」のトリセツ

- 心が疲れないように、「わがまま」「我がまま」「あるがまま」-

「わがまま」とはもともとは「我がまま」と表し、「あるがまま」という意味なのだそうです。決して「自分勝手」ということではなく、自分の考え、心の思うところに素直に従い行動するという良い意味なのです。

 私は、小さい時から気が弱く、自分の思ったことを何一つ言えない子どもでした。ある時「わがまま」ということについて「うらやましく」感じたことがありました。「わがまま」になりたい、と強く思いました。

 でも、無理でした。それから本当に苦労をし、自分の心が疲れないようにどうするかを真剣に考え、大学では心理学を専攻するようになったほどです。それほど私にとってたいへんなことだったのです。「ふつうに」過ごしてきたまわりの人たちには決してわからない心もちなのです。

 この本を読んでくださっている方で、私の苦しみに共感していただける方がいらっしゃれば、この本を書いた意味があると思います。

 これから、私の人生の集大成とも言えるべき8つの事柄についてお伝えします。私の「心の叫び」として読んでいただければと思います。

1.自分の「弱い心に打ち勝つ」のではなく、「弱い心と向きあう」こと。

 私もそうですが、人は弱いものだと思います。

 まわりの人たちは「がんばって」「大丈夫だから」「なんとかなるから」「きっとうまくいく」などと半ば無責任な言葉をかけ、それに打ち勝つよう励ましてくれますが、私は「もうこれ以上何をがんばれって言うんだ」「全然大丈夫じゃないよ」「なんともならないよ」「うまくいくわけないだろう」といつも思っていました。

 必ずしもいつも「弱い心に打ち勝つ」必要はないと思います。ただ、その「弱い心」と正面から向き合って、そのまま受け止めるだけでいいのだと思います。「今、自分はこうなんだな」「こう感じているんだな」とだだ思うだけでいいのです。

 自分と向き合う時間が大切です。

私は自分の弱い心と向きあいながらいろいろなことを考えました。その中でいくつか気づいたことがあります。

2.「自分が使う言葉」と「心もち」が大切

2つ目は、「自分が使う言葉」と「心もち」です。

 最終的にどういう言葉を発するか、アウトプットするかは自分自身で決めて話しています。それが行動となり、生き方につながります。

 その前提として、外からの刺激、状況、環境に対してどう認知したか、つまり、自分がどう感じ、どう解釈し、どう納得するかにより自分の中で思考の熟成プロセスが違ってきます。平たく言えば、自分がどう感じ、どう思ったかによって出てくる言葉や行動が変わるので、いつも一つ一つていねいな気を配っていきましょう、ということです。

3.心を亡くすと書いて「忙しい」、忘れた心と書いて「忘れもの」

3つ目に、心を亡くすと書いて「忙しい」、忘れた心と書いて「忘れもの」。

 まわりの環境、つまりヒト、モノ、コトなどにより振りまわされると「忙しい」と感じます。そしてそれがひどくなると「忙殺」される、つまり「忙しさに心が殺される」ことになります。

 人はそんなに強くないので、すぐ「忙しい」と感じ、「嫌だな」「面倒くさいな」「やりたくないな」などと思ってしまいます。

 それはそれでいいのです。そう思った自分を責めないでください。だってそれが「あたりまえ」なのですから。

 ただ、そのことによって、人にあたったり、意地悪したり、言葉遣いが乱暴になったり、やることが雑になるのはよくありません。

 また、自分の心を病んでしまうようなダメージを受けるのもよくありません。

 では、どうすればよいのでしょうか。

 私は、「ヒト」、「モノ」、「コト」とうまくつき合うこと、「学び」と「時間」を味方につけること、「自分の心」を守ることを考えて対処してきました。結局それが自分の人生を創っていくことになり、今この本を書くことにつながったのだと思います。

 やはり、「心」が「亡くなって」はいけません。「心」を大切にしましょう。

4.「嫌なものは嫌」自分の心と向き合う

特に、「嫌」という気持ちはやっかいです。

「快-不快」という根源的で最も強い力を持つ感情の一つで、世の中に適応するために無意識の沼の奥底に沈めて押し隠しているものなのです。

そしてこの「嫌」という感情は、「生理的に不快である」ことのほかに、「したくない」、「されたくない」、「させられたくない」、「言いたくない」、「言われたくない」「言わされたくない」など、他人との関係性の中で生じる状況でも湧いてくるのです。

この「嫌」という感情にうまく対処できれば、人生を楽に生きることができます。

5.「今、ここ、自分」(環境を受け入れている)

時間、空間、感じる主体、五感をあるがまま受け入れる、どうしようもないこと変えることができないことを受け入れる。

イメージしてみてください。

「今、ここ、自分」は「今そこに咲いている花」のこと、「等身大」とは「あるがまま、ただそこに咲いている花、それ以外の何ものでもない」ということ、「自分が主役」とは「太陽のスポットライトを浴びて誰のためにでもなく一生懸命咲いていること」です。

6.「等身大」(あるがまま)本当の自分 背伸びをしない

- かっこ悪くていい、ダメでもいい、できなくてもいい -

いつでも自分らしく自由に生きる

自分らしい生き方・・・

誰でも「自分らしく生きたい」と願っています。

でも、なかなかそれができる人はいません。

なぜでしょうか。

それは、人に対して、あるいは人の目に対して「背のびをするから」です。

「自らハードルをあげたり」「人の目を気にしたり」…。

「かっこ悪くていいじゃん」「人からどう見られたっていいじゃん」「ダメでもいいじゃん」「できなくてもいいじゃん」と思えた時、つまり等身大の自分を受け入れられた時にはじめて「自分らしく」生きられるのです。

そしてそれが、まわりから見て「かっこ良く」見えるのです。

「かっこ良さ」ってなんでしょう?

自分なりの「かっこ良さ」ってなんでしょう?

考えたことはありますか?

人は「自分らしく、自由に生きている人」やその姿に「かっこ良さ」を感じます。

7.不安と心配は違う、お化けは見えないから怖い。顕在化・見える化する。

相手をするモノゴトが見えないから漠然とした「不安」が湧き起こるのであって、見えたら具体的な「心配」に変わるのです。

お化けは見えないから怖いと感じるのです。つまり「見えない」から、「正体がわからない」から怖いのです。実体がないので、頭と心の整理、思考の解決をすることができず、いつまでたってももやもやと不安が続くのです。しかも、考えれば考えるほど膨張していきます。

相手の実態がわかってしまえば、どういう相手で、どう攻略するか、どう戦うかが見えてきて、具体的な「心配事」に変わります。

ですから、なるべく早く「不安」を「心配」に変えてしまいましょう。

『人生を豊かに生きるための7つのトリセツ』セルバ出版 岩下敦哉著 より引用 

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