時間にゆとり、心にゆとり、そして素敵にエンジョイライフ

今回ホームページを刷新するにあたり、なぜ「時間にゆとり、心にゆとり、そして素敵にエンジョイライフ」というタイトルにしたのか、お話します。

これまでのホームページのタイトル「テマヒマかけずにエンジョイライフ」という言葉は、私が高校生の時に人生のキャッチフレーズとして友人たちに伝えていたライフスタイルです。

もともと多趣味で、子どもの頃から様々なことに関心を持っており、それらをみんなやっていくには一つ一つのことに人並みの時間や労力をかけていられなかっので、なるべくうまく進めてすべてを楽しみたい、という願いが込められた言葉でした。

もちろんそれぞれがいい加減になったり、手を抜くことはありません。ダンドリ良く、効率良く、上手くなるように、そしてできれば中心的な役割や大切な役割を担いながら活動していきたいと考えていました。

そんな経験を一言ずつ綴っていったのが「テマヒマかけずにエンジョイライフ」です。

今回は人生折り返しを過ぎて、あらためてそれらを見直し、これからの自分や将来大人になった子どもたち、ごく親しい友人に向けて、穏やかな気持ちで人生を楽しむために大切な「時間のゆとり」や「心のゆとり」について語ってみたいと想いホームページをリニューアルしました。

ということで、タイトルを「時間にゆとり、心にゆとり、そして素敵にエンジョイライフ」にしました。

 私の「隠れ家」のようなページにしたいと思っています。 副題の「時間」「こころ」「学び」そして「自由」。というのは、そのライフスタイルを実現するためのキーワードですので、またあらためてお伝えします。

「時間」「こころ」「学び」そして「自由」

副題の「時間」「こころ」「学び」そして「自由」。はこれまで私が人生の中でずっとテーマにしてきたキーワードです。

「時間」については、子どもの頃から多趣味で時間が足りなかったので、いかに多くのことを上手にやっていくか、そして「アクティブ」に「ポジティブに」(というより「積極的に」「前向きに」という日本語の方がしっくりきますが、)活動していくかということを実現するために「時間の使い方」や「タイムマネジメント」「ダンドリ」について真剣に考え、取り組んだこと、それから子どもの頃に感じた「時間の不思議な性質」についてずっと考え続けたことの2つがきっかけとなりました。

「こころ」については、気弱で引っ込み思案だったので、いつも悲しい想いをしてきた経験から、そんな自分を何とかしたいと思い、小学生の頃から心理学の本を読んだり、考えたりしてきたこと、さらに学びたくて学生時代に心理学や行動科学、人間工学、カウンセリングなどを学んだことがもとになっています。

「学び」は私にとって、人生の楽しみ、ライフワークであるとともに、自分を助けてくれます。そして、「知的好奇心を満足させ、知恵や技術を修得し、人生を楽しく豊かに過ごすためにするもの」です。
また、学問の世界は自由です。人から強制されるものではなく、いつどこから始めてもよく、いつ終わっても、どこでやめてもよいのです。そして何を学んでもよいのです。
私は、知りたいこと、楽しいこと、好きなことを自由に学ぶこと、「答え」ではなく「解き方」や「考え方」を学ぶこと、学んだことを人に伝えることが大切だと考えています。

「自由」私が最も好きな言葉のひとつです

これは、私が提唱しているライフスタイルの「テマヒマかけずにエンジョイライフ」につながるのですが、「人」「モノ」「コト」「お金」「情報」「時間」「空間」「心」「身体」「頭」などから解き放たれ、自由になることです。煩わされることから解放され、関係性が少ない状況で気持ちが楽になります。

そういう状況になると、いろいろなことにテマヒマかからず、ストレスが少ない状態になります。

「自由」とは、「自分の心と正面から向き合い」、「自分の頭で考え」、「自分の足で立ち」、「自分の信念にもとづいて行動し」、「自分の責任において生きる」ということだと考えています。

ものごとをシンプルに考えることにより、何事にもとらわれず、自分の心にしたがい、「あるがまま」「我がまま」「ゆったり」「のんびり」人生を楽しむことができます。

私の理想である「伽藍堂」につながる大切な言葉です。

時間はと同じである

私はいつもみなさんに「時間は命と同じである」と伝えています。

それは「生きている間しか自分の時間はないから」です。

「みんなの時間」「時計の時間」(物理的な時間、宇宙の時間、普遍的な時間)はずっと存在しています(?)が、「自分にとっての時間」「自分が自由に使える時間」はこの世に生まれた瞬間から、あの世に旅立つ瞬間までの間しかないのです。

しかも、その時間のうち、「ものごころ」がついて、自我が目覚めた時から、心身ともに元気でいられる間しか「実質的な自分の時間」はないのです。

さらに、その間でも「眠っている時間」や「仕事している時間」など自由に使えないが多くあります。

私たちが本当に自由に使える時間、思ったように過ごせる時間は、人生のうちどのぐらいあるのでしょうか。一度考えてみてください。

時間は命です。

人生の残り時間は減る一方・・・決して増えることはない

すべての人にあてはまりますが、「生まれてから今まで生きてきた分」だけ必ず自分の寿命が短くなっています。

言い換えれば「使った分だけ持ち時間が減っている」ことになります。

果たして全部でどのくらい自分の持ち時間があるかはもちろん自分自身ではわかりませんが、少なくとも確実に減り続けているのです。誰もがそうです。

「命のろうそく」のお話をご存知ですか。

人にはそれぞれ生まれてからこの世を去る時まで、与えられた時間があって、寿命は自分の「命のろうそく」が燃え尽きるまでの時間とされています。

自分の「命のろうそく」は自分では見ることができないので、果たしてどのくらいの長さかはわかりませんが「命のろうそく」はどんどん燃えて確実に短くなっていく一方です。

だからといって、『自分の「命のろうそく」はあとどれくらい残っているのだろう』と毎日「うれいても」どうにもなりません。

また、自分の「命のろうそく」の長さ、つまり残りの寿命がわかってしまったら、そのことばかり気になってしまうでしょう。「どうせあと少しだから」とやる気がなくなってしまう人もいるでしょう。

だからむしろ、わからない方が幸せなのかもしれません。

いずれにしても、確実に減り続けていることには違いないのですから、「今、そしてこれから」をどう生きるか、どう時間を使うかに着目した方がよいのではないでしょうか。決して増えることはありません。

たとえその日一日、何もしなくても全員が平等に減り続けるのですから、積極的にそして前向きに使った方が、そして同じ使うなら「楽しく」「有効に」使った方が良いと思います。

1日24時間、1440分の持ち時間は次の日には持ち越せないので、今日使うしかないのです。時間は物理的に増やすこともできませんし、未来にとっておくこともできないのです。

ですから、今を大切に生きましょう。

一度流れてしまった時間、過ぎ去った時間は決して戻らない

私たちの生きているこの世界ではあたりまえのことですが、一度流れてしまった時間、過ぎ去った時間は決して戻ることはありません。

映画や物語の世界によくある「タイムマシンで戻って…」などというSF的なことではなく、過去に戻って「やり直せない」「元には戻らない」という意味でとらえてください。

ゲームの世界では、リセットボタンを押したり、セーブしたところからやり直ししたりできますが、現実の世界ではそうはいきません。

言い換えれば時間は「ワンチャンス」ということです。だから真剣勝負なのです。

映画や小説の主人公やゲームの主人公になったと想像してみてください。ピンチなった時、敵にやられそうになった時、もっと良い未来の選択肢に気づいた時、あなたはどうしますか。

そして、タイムマシンやゲームのリセットボタンがいつでも自分で自由に使えるとしたら、あなたはどうしますか。

でも、一度使ってしまったら、その時その時を真剣勝負しなくなってしまうのではないでしょうか。

「またやり直せばいいや」「また今度でいいや」と思ってしまい、取り組み方が甘くなり、何度やっても良い結果に結びつかなくなります。

それよりも限られた時間をしっかりと意識してとらえ、自力で精一杯ゴールに向かいましょう。

『タイムマシンで戻った先の「過去」は自分にとっては「今」なのである。』というパラドックスがありますが本当に元に戻ってやり直すことはできません。  

ですから「今」を大切に生きましょう。過去は変えることができませんが、今動けば未来が変わります。

時間は誰にでも平等…「いつでも」「どこでも」「誰にでも」
物理的な時間は一緒

忙しい人がいたり、暇な人がいたり、「時間はみんなに平等じゃない」と思うかも知れませんが、単純に物理的な時間ととらえると、1日、24時間、1440分、86400秒は誰にでも平等に与えられているものであり、どこにいても、どんな状況でも平等に与えられています。

仕事中でも休日でも、旅行中でも、(あるいは冒険中、洞窟に閉じ込められていても、大空を飛んでいても、草原を自由に駆け巡っていても、)病気でも、元気でも、大人でも、子どもでも平等です。

つまり「持ち時間」は一緒なのです。その日がくれば、そして生きてさえいれば「1440分」が自動的に与えられます。

たとえば1日1440円の給料やお小遣いをもらってどう使うかを考えるようなものです。その中から税金分として、睡眠、食事、身支度、風呂、トイレなどの生活時間、仕事、家事、育児、通勤などのワーク時間が差し引かれ、それを除いた時間から家族との時間や個人の時間を捻出していくことになります。

1日のうち使える「可処分所得」は人により、状況により違うので、それを工夫するために使うのが時間術なのです。いかに使える時間を増やしていくか、そしてその時間を有効に使うかが大切になってきます。

ただし、困ったことにこの1440分の時間は翌日に繰り越しがきかないという性質を持っています。積極的に使わなくても「自動引き落とし」のように刻一刻と差し引かれていくのです。

ですから、「1日の持ち時間は1440分である」と強く意識してください。

また感覚として、1日を「24時間」と考えると10分がたいしたことないように感じますが、「1440分」と考えると同じ10分でも貴重な時間に感じられ、自然と大切に使うようになるので、今まで「1日は24時間」と意識していたと思いますが「1440分」と考えるようにしましょう。

自分の時間の感覚や目盛りを少し動かしていくと、時間の流れに敏感になり、より時間に注意が向くことによって、もっと時間が大切に思えてくるのです。

たとえば朝6時に起きる人は、6時間分、つまり360分、さらに言い換えれば1440円のうち360円分をすでに差し引かれているということになります。たいへんなことですよね。

休みの日の朝、あなたは何時に起きていますか。朝寝坊をしていませんか。時々起きたらもうお昼なんてことはありませんか。

時間はだれにでも平等に与えられますが、繰り越すことはできません。

大切に使いましょう。

プロフィール・・・自分について

「時間のゆとりと心のゆとりを求める自由人」

ここでは、そう名乗っています。

性格は・・・

profile

岩下敦哉

ATSUYA IWASHITA

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このホームページへの想い

自分の時間、つまり人生や寿命には限りがあります。

そして、いつ終わるのか自分ではわかりません。

それに対して、「やること」「やれること」「やりたいこと」がとても多いのです。

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メッセージ 伝えたいこと・・・

今まで自分自身がずっと感じている「つらさ」「苦しみ」、
実際に体験した「つらいこと」「苦しいこと」、
それについて「悩んだこと」「気づいたこと」「考えたこと」「わかったこと」「教わったこと」
などを

「今の自分」「過去の自分」「未来の自分」へ
「自分自身の覚え書」「生きた証」として・・・

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